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最古の化石をめぐる論争

太古の生命をめぐる論争

教科書には酸素生産微生物が約35億年前に進化したと書いてある。しかし主張とその著者が攻撃を受けるとともに、地球上の生命の歴史は書き換えられることになるかもしれない。レックス・ドルトンが調査する。


殴り合い:マーティン・ブレイジア(左)はNASAの会議で彼の立場を説明し、ビル・ショップ(右)が聞いている。

それはヘビー級のプロボクシングの試合の学術版だった。赤コーナーは、地球最古の化石の発見者としてのタイトルを防衛する、カリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)のビル・ショップだ。青コーナーは、オックスフォード大学(英国)のマーティン・ブレイジアだ。彼はショップの「微化石」は単なる炭素質の染みであり、恐らく周囲の堆積物にある鉱物に対する熱湯の作用が形成した、という異論を唱えている。

この勝負は4月9日に、NASAエイムズ研究センター(カリフォルニア州モフェット・フィールド)で開かれた第二回宇宙生物学会議にて行われた。それは、Nature誌の3月7日号に、35億年前のオーストラリアの岩石からシアノバクテリアを発見したというショップの主張を再精査した相反する論文1,2が発表されてから、ショップとブレイジアがお互いに顔を合わせた初めての場だった。

ほとんどの審判はブレイジアに圧勝の点を与えた。しかしショップが傷を癒すと、彼の以前の院生の一人がどこからともなく出てきて決定打となりそうな一撃を加えた。彼女は自分のスーパーバイザが最初から彼の結論に疑いを投げる証拠に気づいていたと主張する。ショップが力強く否定する告発だ。


台風の目:ビル・ショップは地球上で最古の生命化石を発見したと主張する

問題の試料は科学的名声の根源である。それらは世界最古の化石としてギネス世界記録にすらリストされている。しかしそれらの正真の古さより重要なのはそれらが多分化石化したシアノバクテリアだろうというショップの解釈である。シアノバクテリアは太陽光エネルギーを使って二酸化炭素から糖類を作ることができる生物である。他の研究者たちは同様の年代の岩石から微生物を発見しているけれども3,4、これらはこのトリックの能力があったとは考えられていない。35億年前に、光合成の副産物として大気中に酸素を送り出すシアノバクテリアが存在していたということは、長らく難問だった――地球化学的証拠は約10億年後まで大気が非常に低水準の酸素しか含んでいなかったことを示す5,6

生命のスライス

ショップが記載した標本は西オーストラリアの町マーブル・バーの近くのチャート――火打石様の堆積岩――から収集された(地図参照)。グリーンランドと南アフリカの産地とともに、この地域は世界最古の地表の岩石を有する。


まだ生命:35億年前の微化石を示すとショップが主張する顕微鏡写真

そのような試料の中に化石微生物を探すことは、光が通るのに十分な薄さのスライスを切って、それらを顕微鏡下で数え切れない時間にわたってマイクロメートルずつ精査することを伴う。ショップと彼の院生ボニー・パッカーは試料がシアノバクテリアを含むかもしれないことを1987年に初めて示した(引用7)。1992年、ショップは、彼が共著した一冊の本、The Proterozoic Biosphereの中で記載を改善した8。そして翌年Science誌の論文9の中で、ショップは試料からぜんぶで11タクサの微生物を記載し、ほとんどが34億6500万年前からの「たぶんシアノバクテリア」の繊維状のコロニーだと主張した。

当時、一部の研究者たちは、形態単独に基づいて標本がシアノバクテリアであると結論づけるのは行きすぎだと考えた。しかし数年を経て、ショップの記載は教科書の正統性を得ていった。だがブレイジアが彼の微化石の教科書10を1999年に更新したとき、彼は、現在自然史博物館(ロンドン)に保管される、ショップの標本を再精査した(「ロンドン・コネクション」参照)。ブレイジアが薄い断面を調査すると、彼は「化石」の一部がショップの論文に図示されないような形で枝分かれしていたことを見つけた。他の「化石」も繊維状のシアノバクテリアとは極めて異なって見える怪しい形をしていた。「頭を掻いて何か恐しい間違いがあるのかもしれないと思った」と、ブレイジアは当時の彼の考えを回想して話した。


過去への窓:西オーストラリアのマーブル・バーの近くの産地は地球上で見つかった最古の地表の岩石を含む

ブレイジアの疑いは増し、彼は標本を繰り返し細かく調べ、「ネス湖のモンスター」や「間違ったズボン」などのニックネームを与えた。彼が顕微鏡下で見たものは1999年のマーブル・バーへの旅によって支持された。それは標本が由来した産地が、連続的な堆積物層なのではなく、溶岩流で裂かれていたことを明らかにした。


誤同定?ブレイジアはショップの「化石」が単なる岩石が形成されたときに生じた産物だと考えている。

ブレイジアと彼の共同研究者たちは、彼らの地質図作成と化学分析から、ショップの試料はもともと、彼の論文が示したような、浅海底にあったわけではないと結論づけた。そうではなく、この産地は海底から火山性の熱水を吐き出す熱水噴出孔だったと思われる。ショップの「微化石」は、単なるこの不適な環境で土状黒鉛から形成された産物だと、ブレイジアは主張した。

岩石に立ち戻る

ブレイジアは2001年2月にNature誌に論文2を投稿し、ロンドン地質学会とアメリカ地質学会が計画した、2001年6月のエディンバラでの地球システムプロセス会議での講演を含む、会議巡回で彼は自分の発見についてレクチャーし始めた。

昨年始め、ショップはブレイジアの結果に気づくと、彼は自分の再分析を始めた。彼は一足先にレーザー・ラマン分光分析像で実験をするアラバマ大学(バーミンガム)からの研究者とチームを組んでいた。これは分子構造の特徴を明らかにするための技術である。そこでレーザーは試料中の一点に集中され光学センサーが後方散乱光のスペクトルを記録する。2001年1月、ショップと彼のアラバマの仲間はこれらのスペクトルが微化石と非生物起源の炭素質沈殿との間を区別できると報告した11。そして彼らは同じ技術をショップの「微化石」に適用し、彼らのNature誌の論文1の中で結果は標本が化石化した微生物であるという当初の主張を裏付けると報告した。

地球外微生物の探査に微化石を探すのに使われるのと同様の技術が関与すると見られることを考慮すれば、NASAが4月に開いた宇宙生物学の会議がショップとブレイジアの彼らの論文が発表されてから最初の公的な対決になったことは自然である。巨大な白いテントの中にぎっしり埋まった聴衆の前で、二人は引き続いて15分のレクチャーをした。

ショップはブレイジアを解釈の中の「エラー」のために激しく攻撃した――標本は枝分かれしているのではなく、「折り畳まれて」いた。典型的な高慢なオックスフォードのドンであるブレイジアは、彼の相手の主張を冷酷に見下げていた。「本当に熱水による出来だ。光でなく熱ばかりの」と彼は演壇をショップから引き継いだ後に、発表した。

ショップは集まった約300人の科学者たちに、この標本は実際には微化石であると確信させようとして、彼は伝道師の説教の口調を採用して、何度も叫んでいた。「ハレルヤ!私は信じる!」と、ショップの講演が終わった後に、一人の古生物学者がばかにして答えた。しかし両者が発表を終えると、ショップが彼の主義へと改宗させられた人数はごく僅かしかいなかったことは明らかだった。

疑いの元素

出席者たちは、ショップは標本が結局は酸素生産シアノバクテリアでなかったことを受け入れるという、大きな譲歩をしたも考えた。彼の講演の中で、彼は標本が確実にシアノバクテリアであるという彼の論文の主張をまったく強調しなかった。「私にはまったく衝撃的だった」とウッズホール海洋研究所(マサチューセッツ)の地球化学者、ジョン・ヘイズは話す。標本がシアノバクテリアだという当初の説は興味深い重要な点であり、それがなくなると、この分野の多く科学者たちはそれらが化石か否かという問題はどうでもよくなる。「それは彼の主張全体を無意味にしている」と現ワシントン大学(シアトル)のオーストラリア人地質学者、ロジャー・ビュイックは話す。

同じセッションの他の発表はショップの標本の問題に関係していた。オーストラリア国立大学(キャンベラ)の物理学者、スティーヴン・ハイドらのチームは、グラナダ大学(スペイン)のファン・ガルシア=ルイスが開発した技術を使って、顕微鏡下でショップの微化石と称されるものとそっくりに見える室温での鉱物沈殿を作った。「それは注目すべき鉱物だった」とヘイズは話す。

そしてレーザー・ラマンの証拠はエイムズの会議では深刻な異議は唱えられなかったが、この分野の専門家たちはいま、この技術がかつて生きていた物質のサインを提供できるというショップの主張を疑っている。「生物的に沈殿した物質と無生物的に沈殿した炭素のラマン・スペクトルの間の違いを明瞭に示した研究を私は一つも知らない」と、ワシントン大学(ミズーリ州セント・ルイス)の地質学者、ジル・パステリスは話す。彼はレーザー・ラマンについて15年にわたって研究してきた。「レーザー・ラマンは素晴らしい技術だが、彼らはやりすぎてしまった。ショップのNature誌の論文はこの技術ができることを虚偽に説明している」。パステリスはブレイジアの自身のレーザー・ラマン分析2で化石と称されるものと岩石中の隣接する含有物との間にスペクトルに違いはなかったことが分かったとも注意する。

しかしショプは、Nature誌に書かれた疑問に答えて、彼の論文を擁護した。「我々の論文の主張は形態と化学がともに生物起源性という問題を解決するための強力な手法を提供するということだ」と彼は書いている。

会議のセッションの後の混乱が静まると、ブレイジアは化石が枝分かれしていたのではなく、折り畳まれていたというショップの主張に愕然としたまだった。そうであるなら、なぜショップはこれを彼のもっと前の論文で指摘しなかったのだろう?「彼は間違いなくそれらの本当の性質について科学コミュニティと大衆を誤らせていた」とブレイジアは話す。ショップはその批難を否定し、折り畳みが「有用な科学情報」を伝えないとつけ加えた。

しかし、以前は意見を表明したことがなかったパッカーはいま、実際はショップが最初の論文に提示した証拠は彼が注意深く選び分けたものだったと主張している。彼女の実験ノートのページが彼女の話をバックアップしており、パッカーはショップが枝分かれする構造を示すシアノバクテリアと称されるものの画像の公表を差し控えたと主張している。

最初の論文7の共著者に名前を連ねているけれども、パッカーはショップによるデータの発表について次第に心配になっていったと話す。彼女は彼に対する挑戦の試みは頑固な抵抗に会ったと主張している。「私にできることは何もなかった」と彼女は話す。パッカーは1987年にショップとたもとを分かち、けっきょく彼女のPhDを別のUCLAの研究室で完了した。彼女はいま米陸軍アバディーン実験場環境センター(メリーランド州)に在籍し、不発および爆発した兵器の環境へ与える影響を研究している。

写真の記憶

ショップは再び質問状に答えて、最初はパッカーの証言に異議を唱えた。「彼女が私に枝分かれした繊維について言った(または私に写真を見せた)なんて、絶対に、あり得ない。…パッカー博士の記憶は単なる間違いだ」。しかしこの記事が脱稿するすぐ前に、彼は二番目のEメールを送って、彼がパッカーによる「枝分かれ」の観察の記録を見つけた
と言った。この記述の中で、ショップは当時に、彼が「鉱物的な化石に似た産物」か「保存が貧弱な繊維の重なった枝分かれのない塊」が写ったと主張した、写真を見たかどうか思い出せなかった、と続けた。しかしパッカーは彼女が保持する写真にショップの手書きメモがあると話す。

ショップの支持者と批判者は一様に彼を熱心で頑固な性格――一部の人は「ブル」・ショップというあだ名をつけた――だと述べる。彼のエネルギーと情熱は古微生物学の地位を上昇させ、この分野への資金を引き出すのに多くのことをしたという。「彼には注目の的になることへの駆り立てる野心があり、彼は自分の間違えを認めるとは思えない」と一人の元同僚は話す。しかしこれらの性質は少なくとも一つのかつての状況で、ショップを彼の協力者たちとの間の衝突へと導いている。

1980年、ショップは現カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校の准副学長のスタン・オーラミク、現マッコーリー大学オーストラリア宇宙生物学センター(シドニー)長のマルコム・ウォルター、および当時ウェスタン・オーストラリア大学(パース)の院生だったビュイックとともに研究していた。ショップは、ブレイジアの論争の標本と同じ一般地域で1977年にオーラミクが収集した岩石を分析した後に、35億年前の細菌化石の発見を主張する原稿を準備した。それらが由来した産地の一つは、その閑散とした出現のために名付けられた、ノース・ポール・ドームと呼ばれる構造の近くで、ビュイックが確認していた。ビュイックによるとある日、彼は原稿がScience誌によって発表を受理された――そして彼が著者の一人としてリストされた――と聞いてフィールドから戻った。「私はScience誌に、私は強く不同意だと書いて、共著者から名前を引き上げた」とビュイックは話す。

Science誌はその後に論文の発表を断った。あきらめることなく、ショップ、オーラミク、およびウォルターは結局彼らの発見をPrecambrian Research12で発表した。しかしこの論文が出る前に、オーラミクとショップは標本の発見者のクレジットをめぐる論争を紛糾させていった。オーラミクは、最終的に、彼の貢献に与えられたクレジットに納得したが、彼は二度とショップと協力することはなかった。他方、ビュイックはこの論文に対する反論13を数ヶ月後に発表し、この議論は印刷物上で何度か続いた14,15

今ではその不同意は静まっているが、ショップとブレイジアは止めようとせず、再戦が行われようとしている。彼らの次の一戦は6月30日から7月5日に、メキシコのオアハカで開かれる「生命の起源についての国際会議」に予定されている。どちらも自らの拳を引くと思わないでほしい。

ロンドン・コネクション



古微生物学者たちがビル・ショップのオーストラリア産標本が本当に化石かを議論するとともに、一部の専門家たちはそれらがなぜ産出国に返還されていないのかも疑っている。数年にわたって岩石の薄片を研究した後、ショップはそれらを1992年に自然史博物館(ロンドン、写真)に収めた。1988年、オーストラリアの法律はその領土から収集され、新種を記載するのに使われた化石の返還を求めるように変わった。それはこの時点までに収集された標本には適用されないが、現カリフォルニア大学ロサンジェルス校の宇宙生物学センターの長であるオーストラリア人、ブルース・ラネガーは、ショップが標本をロンドンに送ったことに対して注意したと話す。「私は彼にそれをやめるようアドバイスした」

西オーストラリア地質調査所(パース)はショップに標本の返還を求めて書面を送った。そして1999年、ショップは称賛された彼の研究16を発表したときに、「バックアップ標本」がオーストラリアに送られたと書いた。しかし調査所の古生物学者、キャス・グレイはパースに送られた標本は、その中に確認できる「微化石」が見つからない不良品のようだという。

自然史博物館の報道官によると当局は標本の本国への返還についての問題を議論することに前向きだという。しかしグレイは長距離を移動した標本の状態について心配したままだ。普通でない手段で、このロンドンの博物館は去年、標本の全て――通常の3点の割り当てではなく――が新しい分析のためにショップへと船便で送られるのを許可した。

薄片のうちの2点は貸し出しまたは輸送の間に壊れた。「彼らがそれらをロサンジェルスに送ったことに驚いた」とグレイは話す。「我々は模式標本が海外に送られるのを許さないだろう。我々は人々が博物館に来るのを好む。それは破壊のリスクを減らす。

Nature, News Feature
Rex Dalton
Microfossils: Squaring up over ancient life
Nature 417, 782-784 (20 June 2002) | doi:10.1038/417782a



10年前の古い記事です。教科書に書かれている「最古の化石」が偽物かもしれない、ということで一部では大騒ぎになってました。個人的には心の中ではショップを応援していました。「形態だけでは化石の本当の性質はわからない、分子の分析が必要だ」、といわれてしまうと反射的に反抗したくなるのは、分子系統学の台頭を脅威に感じた古い世代の化石屋さんの性です。
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