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欧州現生人類の年代信頼性

ケンツ洞窟でのミステリーな出来事

by Michael Balter on 3 August 2012, 2:05 PM


いいかげんな発掘、不確かな年代?考古学者たちはアーサー・オギルヴィ(右、白髭の男)がケンツ洞窟で行った発掘の信頼性について疑問を提起した。それはそこで見つかった人類の顎骨の放射炭素年代を損なうだろう。Credit: (photo) Courtesy of Torquay Museum; (teeth, inset) Natural History Museum of London/Torquay Museum/University of Hull, Dept. of Engineering

イングランドのデヴォン海岸にある洒落た町、トーキーは2つの大きなことで有名だ。そこはミステリー作家アガサ・クリスティの生誕地で長年の故郷であり、そこは英国で最も重要な考古遺跡の一つであるケンツ洞窟がある町であもる。去年、研究者たちはこの洞窟で見つかった上顎がヨーロッパで最古の現生人類化石である可能性があると報告した。しかし新しい研究はその主張を疑い、顎骨の年代には確実性がないだろうと議論している。この論争はアフリカ外へのHomo sapiensの拡散についての議論に重要な意味を持つ。

「一つの悪い年代がヨーロッパでの我々の種の先史全体を書き換えることもできる」とシェフィールド大学(英国)の考古学者で新しい研究の共著者のポール・ペティットは話す。この研究はEuropean Journal of Archaeologyで出版準備中である。しかし、去年Nature誌に彼らの年代測定値を発表した、元々のチームのメンバーは批判に対して厳しく答えている。トーマス・ハイアムはオックスフォード大学(英国)の放射炭素年代の専門家でNature誌の論文の筆頭著者である。彼によると、新しい研究の結論は「過去への科学的アプローチにおける[新しい]発展をあきれるほど無視していることを露呈している」という。

ケンツ洞窟は1820年に何人かの英国で最も有名な考古学者たちが発見して以来、何回も発掘されてきた。1927年、当時トーキー博物館のキュレーターだったアーサー・オギルヴィは、3本の歯を含む、部分的顎骨を発見した。何年もかけて、研究者たちはこの化石が現生人類のものかネアンデルタール人のものかを、それがどれだけ古いかとともに、議論してきた。1989年、オックスフォード放射炭素加速器ユニットの科学者たちは骨の直接の年代測定を試みおよそ35,000年前という年代が出た。(この物語のすべての年代は大気中の放射炭素の変動に合わせて調整されている。)

この顎骨の年代は現生人類が約40,000年前にヨーロッパに進入し、そして東から西へと広がったという、当時の最新の考え方と合致していた。しかし、この化石が以前の研究者たちが別個に見つかった骨と歯をくっつけるのに使った動物性の接着剤の痕跡を保持していたために、その年代は疑われた。

去年のNature誌の研究の中で、ハイアムと彼の共同研究者たちは、化石の上と下で見つかった動物骨を年代測定し、最適な値を得るためにそれらのデータを数学的処理にかけることで、この問題を避けようとした。結果は驚くべきものだった。顎骨の年代は41,500年から44,000年前までの間と出た。そしてチームの人類学者たちによる研究はそれがネアンデルタール人でなく現生人類である可能性が最も高いと結論づけた。

今月の後半に発表されることになっている新しい論文の中で、ペティットとダーラム大学(英国)の考古学者、マーク・ホワイトは顎骨が見つかった正確な場所が不明であることに基づいて、これらの年代結果を吹き飛ばす。ペティットとホワイトは2009年以来ケンツ洞窟で改めて発掘を行っている。彼らは、オギルヴィの発掘年の記録を含む、この産地の古い発掘記録を探索した。二人はオギルヴィの発掘と彼の記録保存が両方とも、当時の標準さえからもいいかげんであったと主張する。結果として、ホワイトとペティットはこの化石やその上と下の動物骨の正確な位置を決定するのは不可能だと強く主張する。さらに悪いことに、彼らの主張によると、洞窟の中の堆積物が化石がそこに堆積してから何千年にわたって移動があったかもしれない証拠があるという。

この顎骨は「悲しいことに、現代の古人類学に対する価値から見ると、地面に埋まったまま[同然]に過ぎないだろう」と、二人は論文の末文で書いている。

議論の両方の側が多くのことがこの結果にかかっていることに同意している。「問題となっていることはヨーロッパにおけるネアンデルタール人と初期現生人類の全体[の先史]だ」とペティットは話す。最古級の現生人類は、ケンツ洞窟の化石とイタリアからの43,000から45,000年前の数本の歯があるが、イタリアの歯は現生人類またはネアンデルタール人としての地位が現在も議論されている。それ以外で最古の疑いないヨーロッパにおける人類化石は約40,000年前で、ルーマニアの産地から産している。現生人類が本当に41,500年前かそれ以前までにはるばる北西ヨーロッパまで到達していたなら、それは彼らがかつての考えよりもずっと早くヨーロッパに入り、大陸じゅうに非常に素早く広がったことを意味する。それは現生人類とネアンデルタール人との間の重なりも大きくするだろう。ネアン出るタール陣はすでにヨーロッパに棲息しており、彼らは40,000から35,000年前の間のどこかで絶滅していった。さらに、そのような重なりは、晩年に洗練された装飾品と石器を作ったネアンデルタール人が、これらの技術を彼ら自身で発明したのではなく、現生人類からコピーしたという可能性を高くする。

しかしハイアムと彼の共同研究者たちはホワイト-ペティットの批判を否定する。彼らは洞窟の層序を誤解していると示唆されたことを特に不快に思った。年代を狭めるために彼らが使った数学モデルは大英博物館の考古学者、故ロジャー・ジャコビによる洞窟の研究に基づいていた。ジャコビは「この産地を…誰よりもよく知っていた」とハイアムは話す。彼は「我々は[洞窟で]何も動いていないと考えるほどナイーヴではない」が、彼と彼の共同研究者たちがそのモデルの中でそのような移動を仮定した場合でも、少なくとも41,000年前という年代が出た、とつけ加えた。

ハイアムのチームの別のメンバーである、自然史博物館(ロンドン)の古人類学者、クリス・ストリンガーは顎骨が現生人類でなくネアンデルタール人に属するだろうという、ホワイトとペティットの説に異議を唱える。「我々が観察したいくつもの現生人類の特徴のいずれかを示すネアンデルタール人化石も知られていないと確実に言える」と彼は話す。

ハイアムは彼のチームが再びいつかの日に顎骨の直接の放射炭素年代測定を試みるられることを望んでいる。ただし非常に少しの骨しか残されていないために、彼はいまそれをするのを渋っている。それまでは、化石の正確な年代とそれが誰に属するのかはクリスティにふさわしい謎のままであろう。彼女は多くの本の中の一冊でプロットの中心部分にケンツ洞窟を据えたことがある。

元記事
Science NOW
The Mysterious Affair at Kents Cavern
by Michael Balter on 3 August 2012, 2:05 PM

原論文
Tom Higham, et al. 2011.
The earliest evidence for anatomically modern humans in northwestern Europe
Nature 479, 521–524 (24 November 2011) doi:10.1038/nature10484 Published online 02 November 2011



再堆積の可能性は洞窟堆積物には必ずついてきます。ナウシカに砂地獄に飲みこまれて地下空間に落ちるシーンがありますが、洞窟堆積物はあんなイメージです(実際は大雨のときに水と一緒に流れ込むのですが)。
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