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自由落下の世界記録

極限挑戦者がジャンプし、自分の足で着地した


クレーンから吊り下げられたカプセルの解放直前の様子(ニューメキシコ州ロズウェルの空港)。
Balazs Gardi/Red Bull Stratos, via European Pressphoto Agency


By JOHN TIERNEY
Published: October 14, 2012

ロズウェル(ニューメキシコ州)―プロの極限挑戦者、フェリクス・バウムガートナー(Felix Baumgartner)は日曜に音速を破った最初のスカイダイバーとなった。


有人飛行でこれまで使われた最大の、ヘリウムを詰めた気球が、カプセルを空中へと持ち上げる。
Ross Franklin/Associated Press


航空宇宙記録を認証する国際連盟である、国際航空連盟(FAI)のブライアン・アトリー(Brian Utley)がニュース会見でリポーターに語った話によると、予備的分析によると、バウムガートナー氏はニューメキシコ州の砂漠の上空24マイル(39 km)以上の高さからのジャンプ中に最大速度で833.9 mph(1,342 km/h)に達した。これはマッハ1.24の速さに当たる。

アトリー氏は、バウムガートナー氏のスーツからのデータを独立に評価するために来た。彼によると最終的な数字は数週間にわたるデータの分析を経た後にわずかに変わるかもしれないが、バウムガートナー氏が記録破りの超音速に達したことは疑いないという。

この速さはレッドブル・ストラトスの技術者たちによって予想された数字よりも速かった。彼らはバウムガートナー氏が音速が690 m.p.h(1110 km/h)に近い成層圏の領域で720 m.p.h.(1160 km/h、マッハ1.1)に達するだろうと予想していた。

アトリー氏はジャンプが高度128,100フィート(24.2マイル、39.04 km)から始まり、自由落下が119,846フィート(36.529 km)にわたった――両者とも記録だ――ことを見いだした。

しかし、4分20秒という自由落下の時間は退役空軍大佐、ジョー・キッティンジャー(Joe Kittinger、84歳)の記録より16秒短かった。キッティンジャー氏は1960年に102,800フィート(31.33 km)からジャンプして、時速614マイル(988 km/h)の速度に達した。これらの記録は続く半世紀の間に繰り返し挑戦され、命にかかわる結末を招いた時もあった。

世界中の人々がWEB上で見る中で、バウムガートナー氏はカプセルの縁に立って、最終チェックリストを完遂し、そしてほぼ真空へとジャンプした。数分後、ニューメキシコ州の砂漠に彼は自分の足で着地し、腕を振りあげて勝利のポーズを取った。

バウムガートナー氏は、宇宙のへりで真空に近い中で生存するために与圧されたスーツを着ていた。彼によると24マイル以上の高度のカプセルからジャンプする直前の瞬間には、記録の樹立や科学データの収集について考えなかったという。

彼は地球に戻ることについてだけを考えていた。

「本当だ。世界でもっとも高いところに立ったときは、謙虚になるものだ。もはや記録を破ることは考えなかった。科学データを得ることも考えなかった。すべて帰ってくることだけを考えていた」とバウムガートナー氏はヘリコプターでロズウェルにあるミッション管制へと戻った後に話した。

「予想より厳しかった」と彼は話した。

ミッション管制へと戻り待合室に行くと、彼のサポートチームと家族は歓声を上げた。

元オーストリア軍パラシュート兵のバウムガートナー氏(43歳)は、この高さに到達するのに2時間21分をかけた。彼はおびただしいヘリウム気球に乗って飛び立ち、重要な最初の4,000フィート地点をスムーズに運ばれた。そこは安全にパラシュートするのが不可能なためにデッドゾーンと呼ばれる。

ニューメキシコ州の砂漠の上のこの距離から、彼は歴史上最も高いジャンプをし、音速を超える最初のスカイダイバーになった。

ジャンプの前に、バウムガートナー氏は記録を破りたいと思っていた当のキティンジャー氏の助力を得たチェックリストを点検した。

「水分補給を欠かさないように、フェリクス」とキティンジャー氏はカプセルが22,000フィートより上に上がるころに言った。「君はその高度で偉業をなしているんだ」

上昇の後半の間、バウムガートナー氏はキティンジャー氏にバイザーについた保温システムが正しく動かず、バイザーが曇っているとこぼした。その時点でこのミッションのライブフィードを見ている視聴者たちはこの男たちの会話が
聞こえなくなった。レッドブル・ストラトス(Red Bull Stratos)チームによるとキティンジャー氏は「個人的な会話ができる」ようにすることを決めたという。

空中に飛び出した後にバウムガートナー氏は再びバイザーの曇りについて不平を言ったが、それは落下中の制御を得る能力を妨げはしなかったようだ。

ミッションにはこれまで有人飛行に使われた最大の気球が必要だ。それは40エーカーの超薄型プラスチック製で、ロサンジェルス・コロシアムを包んでしまうほどの膨らんだドライクリーニング袋と記述されている。

気球が膨らんでバウムガートナー氏の与圧カプセルに装着された時点で、それは地上から750フィートの高さになっていた。

先週あった気球を膨らませてミッションを遂行する試みは天気のために中止されていた。その高度と地上の風は気球を安全に飛び立たせるには時速3マイル以下でなくてはならなかった。それなら気球が傾いてカプセルを地面に叩きつける心配はない。

日曜日の最後の一分まで、ミッションが実際に行われるかは確かでなかった。

バウムガートナー氏にはロズウェルにある飛行場でのNASAスタイルのミッション管理作戦による後援があった。それには300人以上が携わり、レッドブル・ストラトスと呼ばれる本計画で5年以上働いた70人以上の技術者、科学者、および医師が含まれていた。この計画の名前は資金援助してきた飲料品会社に由来する。

記録を狙うかたわら、レッドブル・ストラトスチームの技術者と科学者たちは大量のデータを集めて公表している。これは将来の操縦士、宇宙飛行士、そしてたぶん宇宙旅行者が落下傘脱出しなくてはならないときに生き残る助けになるのが目的だ。

「我々は超高高度での圧力喪失に対応する新しい宇宙服、脱出構想、および治療プロトコルをテストしている」とレッドブル・ストラトスの医長、ジョナサン・クラーク(Jonathan Clark)博士は話した。彼は以前にNASAでスペースシャトル・クルーの健康を監督していた。「失敗する可能性のあることがたくさんあるので技術的限界を広げているところだ」

特注のスーツとカプセルを作っているあいだに、航空宇宙学の熟練者たちのチームは一つの重大な不確実さと戦わなくてはならなかった。すなわち、人体は音速を超えるとき何が起こるか?オーストリアの極限挑戦者で、彼のファンにはフェアレス・フェリクスとして知られた元落下傘兵である、バウムガートナー氏(43歳)にはもう一つの大きな予期しなかった問題もあった。

ビルや橋から飛び降りたり、炭素繊維の翼で英国海峡を渡ることは問題なくできたが、与圧されたスーツとヘルメットの中で何時間も過ごすことを強いられたときにパニック発作が起こることが分かった。2010年のある時、その装備の中で忍耐試験を行うのでなく、空港に行って米国に逃げた。スポーツ医学者と他の専門家の助けを得て、彼は閉所恐怖症に対処する技術を学んだ。

バウムガートナー氏が開発した閉所恐怖症に対処する技術の一つは、上昇中に忙しいままにしておくことだった。バウムガートナー氏は、オーストリア訛の英語で、低い声に必要な資質がにじみ出る戦闘機パイロットであるキティンジャー氏と絶えず会話を交わした。そうしながら、カプセルを離れる時がきたときにバウムガートナー氏がすべきすべての
動きを復唱する40項目のチェックリスト――椅子を前に滑らせ、パラシュートを点検し、そして注意深くハッチを開ける、などの動作――を自信を持って果たした。

「第38項、外ステップに立つ、ただしドアを出るときに頭を低くかがめることを忘れるな」とキッティンジャー氏は言った。バウムガートナー氏がそれと次の2つのステップを確認すると、キッティンジャー氏はこう言った。「あとは君の番だ」

彼らが上昇中の一時間にその復唱を終えたときには、気球はジェットストリームを通って安全に上昇し60,000フィートに達していた。それはまだ地上から肉眼で見えた。双眼鏡で見ると、薄くなっていく大気の中でヘリウムが膨張するとともに気球が大きくなっていくのが観察できただろう。

気球が空に上がると、世界中の視聴者がYouTubeを訪れてカプセルとミッション管制からのライブビデオストリームを見た。バウムガートナー氏が空中に飛び出す頃には、同時に見る視聴者は最大で800万人まで増え、これは記録になったと思われる。YouTubeの同時視聴者数の以前の記録は、今年行われた夏のオリンピックの間に立てられたおよそ50万人である。

ミッションはDiscovery Channelでも映され、これが唯一の生のテレビ放送者だったが、視聴者数はすぐには分からない。CNNのようなテレビネットワークはジャンプが行われたすぐ後にリプレイした。

彼のもっとも複雑な挑戦であることを差し置いても、この成層圏ジャンプは彼がキティンジャー氏と発展させた友情のおかげでバディ映画にもなりそうである。彼はバウムガートナー氏の訓練も手伝った。

元テストパイロットのキティンジャー氏は、1960年の成層圏への旅で彼の記録を打ち立てた。同じくニューメキシコ州上空で、空軍の気球に乗って行われた、この上昇のあいだの初期に、彼の与圧された手袋に穴が開いた。しかし彼はそのまま行くと決めたために、手が普通の大きさの倍に膨れあがった後でさえも、彼はその問題を報告しなかった。

彼は痛さを無視して、気球に乗って高度102,800フィートまで上がり、飛び降りる前に短い祈りの言葉を口にした――「主よ、私に加護を」

キティンジャーによる最初の成層圏ジャンプはパイロットが高高度のパラシュート脱出で生存する方法を研究する空軍の計画の一部だった。それは、ジャンパーの体がフラットスピンするのを防ぐために、ドロウグと呼ばれる小さなパラシュートで実験された。フラットスピン(水平錐もみ)は1959年の予行ジャンプでキティンジャー氏を瀕死の状態にした危険だった。彼のドロウグシュートが首の周りでもつれていくと、彼の体は一分間に120回も回転し、彼の緊急パラシュートが自動で開くまで、彼は気絶していた。そのドロウグシュートの改良版は現在、パイロットに使われた射出シートの中でパラシュート脱出しないといけない軍パイロットによって使われている。

バウムガートナー氏には彼自身の特注のハイテク・ドロウグシュートが装着されたが、これはいざという時のためにである――制御不能のスピンをしはじめたときにだけ動き出す。そうならない場合は、彼はそれを使うのを避ける計画だ。なぜならドロウグシュートは超音速に至らないほどに彼を遅くしてしまうだろうから。

制御不能のスピンを避けるために、バウムガートナー氏はカプセルからウサギ跳びし、自分の体を制御して超音速降下のために頭から落ちる姿勢へと回転する練習をした。

「我々は超音速について可能な限り想定した」とクラーク博士はジャンプの前に話した。「だが我々は本当には知らない。だってこれまで誰もそれをやったことないのだから」

New York Times
Daredevil Jumps, and Lands on His Feet
By JOHN TIERNEY, Published: October 14, 2012
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