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グランドキャニオンの歴史

グランド・オールド・キャニオン



by Sid Perkins on 29 November 2012, 3:35 PM


グランド・オールド・キャニオン? グランド・キャニオン西部から採られた鉱物試料の新しい分析は、その領域にある峡谷の深さの相当な割合が7000万年前までに刻まれていたことを示す。
Credit: Rebecca Flowers


そのアリゾナ州を横切る巨大な地面の穴は今でも議論を引き起こしている――そして今、新しい分析はアリゾナ州のグランド・キャニオンの一部が以前の考えより何百万年も古いことをほのめかす。科学者たちによると、鍵となる証拠は鉱物試料のそべで見つかるヘリウム原子の濃度と分布から来るという。しかし多くの研究者たちは懐疑的であり、この古来の峡谷がいつどのように刻まれたかについての現在のシナリオを、これらの研究結果が根本的に変えるかどうかは明らかでないと注意する。

グランド・キャニオンの年代と歴史についての議論は150年以上に及んでいる、とコロラド大学(ボルダー)の地質学者、レベッカ・フラワーズ(Rebecca Flowers)は話す。彼女は新しい研究の筆頭著者である。「歴史が一般的な考え方のように単純なものだとしたら、この峡谷の起源は熱い議論のタネであり続けることはなかっただろう」とフラワーズは言う。

これだけの期間、科学者たちはこの峡谷の年代を決定しようとさまざまなアプローチを試みてきた。たとえば、峡谷の一端から反対の端までどれだけ速く堆積物が運ばれるかを見積もったり、峡谷の中の地層の年代を研究したりする者もいた。ある研究者は峡谷の一部に500万から600万年という若い年代を算出し、他の研究者は1700万年も古いという年代を出した。

フラワーズとカリフォルニア工科大学(パサデナ)の地質学者、ケネス・ファーリー(Kenneth Farley)の2人はそれとは違うアプローチを用いている。彼女らは峡谷の岩石中に見られる燐灰石と呼ばれるリン酸カルシウム鉱物の中の希ガス、ヘリウムの濃度を使った。これらの鉱物の中のヘリウムは時間とともにいくつかの理由で変動することがある。たとえば、燐灰石中のウランとトリウムの放射性崩壊のせいで濃度が上がる。燐灰石は地球の中の奥深く――70℃以上の温度――にあるうちは、ヘリウムは拡散によって鉱物から逃げ出すことができる、とフラワーズは説明する。しかしこの鉱物が地球の表面に向かって上昇すると――または侵食が峡谷を下へと刻むと――岩石は冷やされ、ヘリウムは燐灰石の中へと閉じ込められ、そのためにヘリウムの集積が始まる。だから、燐灰石中のヘリウム濃度は岩石がいつ冷却されたのかを推測する助けになる。

今日Science誌にオンラインで発表された新しい研究の中で、フラワーズとファーリーはグランド・キャニオン西部からの4つと、この峡谷の東流域からの4つのサンプルを分析した。サンプル中のヘリウム濃度のパターンは、グランド・キャニオン西部の相当な部分が約7000万円前までにすでに現在の深さの数百メートル以内まで削られていたことと、侵食が最近の時代に劇的に増えていないことを示す、と研究者たちは報告する。それは以前の研究が示していた500万から600万年前という年代とは大違いであり、以前に他のチームが峡谷の年代に推測した最古の値の約4倍にもなる。

しかしそれで峡谷の年代をめぐる議論を終わらせるのは難しい、と他の研究者たちは話す。「私は[このチームが]やっている研究は好きだし、彼らがやったたくさんの仕事はじつに興味深い」とニューヨーク州立大学(ジェネシオ)の地質学者、リチャード・ヤング(Richard Young)は話す。「だが新しいグランド・キャニオンを示すたくさんの証拠がある」と彼は続けた。

実際に、アリゾナ大学(トゥーソン)の地球科学名誉教授、ウィリアム・ディッキンソン(William Dickinson)はこう話す。「これ[古いグランド・キャニオンという意見]はほとんどの人々の考えとは違うが、まったく新しいものでもない。グランド・キャニオンはこの地質学者の目をして非常に新しい外見の地形に見える」

一部のもっと新しい年代推定値は20世紀中ごろのフィールド研究に基づいている。それは峡谷を通る太古の堆積物の流れを記載し、500万から600万年前までの間まではグランド・キャニオン東部からの堆積物が峡谷の西端に現れなかったことを明らかにした。研究者たちはしばしばこれらのフィールド・データを引用し――2008年にGeology誌に発表された最近の研究も含めて――、この峡谷がその時代までは存在しなかったという考え方を支持する。しかしその500万から600万年前の堆積物は峡谷の年代を拘束するものではなく、その中の川の流れの方向を制限するだけだ、とフラワーズは話す――そして、たとえば、地質学的時間にわたる地形の傾斜の変化は太古の川の流れを変えられただろう。あるいは、この峡谷の東部と西部は別個に形成され、最近になって繋がったのかもしれない。

いっぽう、他の以前の研究は峡谷の一部が古いという意見を支持する――たとえば、この地域にあるがグランド・キャニオンのすぐそばでないところの洞窟形成の分析を含む一つの研究は、浸食が1700万年も前に始まっていたかもしれないことを示す。しかしそれらの結果には論争がある。洞窟は川のそばに位置してないために、それらの地点での地下水位は峡谷の縁での地下水位の水準を正確に反映していないかもしれない。

だが、フラワーズとファーリーのアプローチはとくに説得力がある。外見は中身と違うことがあり、証拠がすべてだからだ、とカリフォルニア工科大学の地質学者、ブライアン・ヴァーニク(Brian Wernicke)は話す。彼は過去にフラワーズと共同研究していたが、今回の研究には関わっていない。「この熱的指紋は確かなデータという意味では他にないものだ」

「景色を見て侵食の歴史を見分けるのは困難だ」と彼は言う。「この研究は7000万年前からかなりの侵食があったという考え方を確固たるものにする」

それでも、全員がチームの証拠に納得しているわけではない。ニューメキシコ大学(アルバカーキ)の構造地質学者、カール・カールストロム(Karl Karlstrom)はこの研究結果を「突拍子もないもの」と表現する。彼のチームもグランド・キャニオン西部で、フラワーズとファーリーがサンプルを収集した場所からほんの2キロメートル下流で収集した燐灰石中のヘリウム濃度を分析している。そしてカールストロムによると、彼らの予備的結果は新しい峡谷という意見を支持するという。その近いうちに発表されることになっている結果は、それらの岩石が1500万から2000万年前までの間に50℃と60℃の間――それらが地殻の表面の1キロメートルより深いところにあったことをほのめかす――であったことを示す。

グランド・キャニオンの年代と侵食の歴史についての論争の激しさにもかかわらず、「それは理にかなった議論だ」とカールストロムは話す。「それは証拠を評価するためにコミュニティを集結させている」

元記事
Science NOW
A Grand Old Canyon
Sid Perkins, 29 November 2012, 3:35 PM

原論文
R. M. Flowers and K. A. Farley
Apatite 4He/3He and (U-Th)/He Evidence for an Ancient Grand Canyon
Science DOI: 10.1126/science.1229390, Published Online November 29 2012
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