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ピルトダウン人捏造の犯人

ピルトダウン人の100年のミステリー



クリス・ストリンガーは長年にわたる古生物学上のフーダニットが今でも解決する価値がある理由を説明する。


ジョン・クック(John Cooke)による絵画Discussion on the Piltdown Skull (1915)。科学者たちは1912年にピルトダウン(イングランド)で見つかった人類様の頭蓋を調査している。
GEOLOGICAL SOCIETY OF LONDON


9年前、私が勤める自然史博物館(ロンドン)は歴史上でもっとも成功した科学的捏造の発覚50周年を祝った。1953年、当博物館とオックスフォード大学(英国)の科学者たちは20世紀初当にサセックス州ピルトダウン村で発掘された標本が精巧な偽物であることを示した。すなわち、1912年12月に発見者たちが主張していたような、原始的人類の証拠ではなかったことが示された。

我々の記念式典のあいだ、退屈した仲間がこう言った。「すべての標本を壊し、ピルトダウンの記録を燃やして50周年を祝うのが見たい!」 だが、それから10年近く経って、気がつくと私はこの偽造がどのように完成したのかを明らかにし、最終的に、それをやったのは誰で何が彼らにそれをさせたのかを解明したいと望む調査員たちのチームの一員になっていた。

なぜ、「ピルトダウン人」がロンドン地質学会で紹介されて100年も経って、それが問題になるのか?

個人的に、私はこの偽造を駆り立てたのが科学的野心だったのか、それとももっと滑稽だったり悪意のある動機だったのかという疑問に興味を持っている。さらに、この物語にはフーダニットとしての魅力を超えて今も続く関連性がある。それは批判的なガードを怠るなという科学者たちへの警告であり、科学的手法の(最終的な)勝利の一例である。

1891年、一人のオランダの古人類学者が知られている最初のホモ・エレクトゥス(Homo erectus)、いわゆる「ジャワ原人」の標本を記載した。彼はそれをインドネシアで発見していた。16年後、ドイツの一人の作業員が「ハイデルベルク人」の顎を掘り出した。それはH・エレクトゥスの子孫だと思われた。だから、アーサー・スミス・ウッドウォード(Arthur Smith Woodward)とチャールズ・ドーソン(Charles Dawson)が1912年12月18日に、もっと重要な化石人類をピルトダウンで発見したと発表したのは誇らしいことだった1

ウッドウォードは著名な英国の古生物学者で、当時の大英博物館(自然史)の「地質学の管理者」だった。ドーソンは在野の古物収集家だった。ウッドウォードがエオアントロプス・ダウソニ(Eoanthropus dawsoni、「ドーソンの夜明けの人」)と呼んだものは、2本の大臼歯を含む類人猿様の下顎と人類様の頭蓋で構成されていた。ウッドウォードとドーソンは原始的な石器と、カバとゾウ様の動物を含む化石化した哺乳類の断片も掘り出した。すべてそれらが見つかった採掘場の礫と同じ茶褐色を呈していた。この発見物により、ウッドウォードとドーソンはエオアントロプスがジャワ原人(Java Man、現在では約100万年前のものと分かっている)と同じぐらい古い可能性があると断じた。


上から時計回りに:1913年ぐらいのピルトダウン産地にて、チャールズ・ドーソン(座っている)とアーサー・スミス・ウッドウォード(右);ピルトダウン人に帯する地元のパブのオマージュ;偽造の広がりが1954年にロンドンで明らかにされた;ケネス・オークリー(左)とL・E・パーソンズが1949年にピルトダウンの顎を調査している;1913年のエオアントロプスの頭骨モデル。
C. MYDANS/TIME LIFE/GETTY (PUB SIGN); MARY EVANS PICTURE LIBRARY (SKULL MODELS); NATURAL HISTORY MUSEUM, LONDON (ALL OTHERS)


2人に率いられた続く2年にわたる発掘で、ピルトダウンの産地から一本の犬歯を含む、さらなる人造物と動物相が収集された。ゾウの骨の厚い板も掘り出され、その形から「クリケット・バット」と呼ばれるようになった。さらなる研究は第一次世界大戦の開始とドーソンの健康の衰えによって中断された。しかしドーソンが1916年に死ぬ前に、彼は自分が、最初の砂利採掘場から数キロメートルの、第二の産地でさらなる動物相とエオアントロプスの化石を見つけている、とウッドウォードに書いた。

複雑な偽造
この発見は世界中の話題をさらった。しかし古生物学サークルでは、反応は最初からいろいろであった。数人の著名な英国の科学者たちはエオアントロプスの存在を完全に受け入れた。顎と頭骨の部分の関連を疑う数人の米国とドイツの研究者たちに加勢するのは少数派だった。彼らは太古の類人猿の化石がもっと最近のヒトの頭骨と混合したのかもしれないと考えた。一部の反対者は、ドーソンが第二のピルトダウンの産地で見つけた歯と頭骨の断片が、最初の産地からのものと合致したことで、意見を翻した。

1920年代と1930年代を通して、アフリカ、中国、およびインドネシアで他の太古の人類が発見されるとともに、エオアントロプスはどんどん端へと追いやられていった。これらの化石のいずれもエオアントロプスの類人猿様の顎と人類様の脳函という奇異な組み合わせを示さなかった。

1950年までに、話はエオアントロプスにとってますます悪くなっていた。当博物館の地球考古学者だったケネス・オークリー(Kenneth Oakley)は、この遺物に化学的テストを適用し、顎が50,000年より古くないことを断定した。ピルトダウン動物相の一部はあきらかにはるかに古かったにもかかわらずだ。1953年と1955年に発表された、オークリーと彼の共同研究者たちによる包括的な研究は、この偽造を完全に露わにした2,3

恐らく現生オランウータンのものである顎と犬歯は、現生人類の頭骨の一部とともに、整形され着色されていた。化石動物相はたくさんの異なった場所から集められてピルトダウンの砂利の中に埋められていた。そして石器も同様に堆積物の色に合うように着色されたのちに導入されていた。「クリケット・バット」はというと、化石化したゾウの大腿骨から鉄のナイフでカーブをつけられていた。

真実が明らかになり国民の困惑が過ぎると、古生物学的ミステリーの犯人(たち)の追跡がはじまって、今日まで続いている(‘Who did it?’参照)。ドーソンはずっと第一容疑者だった4-6。加えてウッドウォードと少なくとも他に12人が、単独犯または複数犯として告発されている(go.nature.com/x8uboq参照)。


NATURAL HISTORY MUSEUM, LONDON (WOODWARD AND DAWSON); M. NICHOLSON/CORBIS (DE CHARDIN); S. SNELL/NATURAL HISTORY MUSEUM, LONDON (HINTON)

仲間と私(現時点で、我々は15人の自然史博物館といくつかの英国の大学からの研究者によるチームだ)はいま、発見物を顕微鏡レベルで調査している。放射性炭素年代測定などの技術やDNAと同位体の研究を使って、我々は標本の分類学的地位と地理的起源を突き止めたいと思っている。我々は分光法も使っていくつの異なった着色法がピルトダウンの骨、歯および石器の群に用いられたのかを確かめているところだ。

2つの産地から収集された資料が合致すれば、容疑者はドーソンだった可能性が高い。彼が第二の産地からの遺物の単独の「発見者」だからだ。犬歯が他のサンプルと異なった起源を持っていた(そして着色法が異なっていた)ということになれば、テイヤール・ドゥ・シャルダン(Teilhard de Chardin)がこの詐欺に関わっていただろう7。当時新人のイエズス会の神父だったドゥ・シャルダン(後に、有名な思想家で古生物学者)は、産地での仕事のあいだにドーソンを手伝っていた。

あるいは、我々の結果がもう一つの最近提唱された動物学者、マーティン・ヒントン(Martin Hinton)が関与するシナリオ8を強化または反駁することもありうる。ピルトダウンの発見がなされた当時、ヒントンは博物館のウッドウォードがいた部門でヴォランティアをしていた。1970年代のあいだに、ヒントンの個人的所有物の中から10点を超える変形され着色された骨と歯が見つかった(彼は1961年に死んだ)。

両刃のつるぎ
ピルトダウンの群に手を加え、埋めた人物が誰かを解くことは彼らがなぜそれをしたかを理解する鍵になる。たとえば、ドーソンが責を負っていたとことになったら、ほぼ確実に科学的認知が動機であった。ドーソンは王立協会のフェローになる野心を抱いていて、彼は明らかに重要な人物との関係を築くことを好んでいた。

ヒントンが詐欺を働いたとしたら、その理由は明らかでない。一つの可能性は、彼はピルトダウンの発見には何か都合の悪いところがあったと思ったが、彼の懸念を部門の長(ウッドウォード)に申し出るのは不可能だと感じたというものだ。あるいはもしかすると彼は、仲間へ警告する手段として「クリケット・バット」(他の人造物より洗練度がはるかに低いと思われる)を埋めたのかもしれない。

誰に責任があったかにかかわらず、ピルトダウンの捏造は、何か本当であるには良すぎると思われることがあれば、たぶんその通りである、ということを科学者たちにはっきりと思い起こさせてくれる。この捏造はその複雑さ(ピルトダウンの発見物の一部は他のものより専門的に変形されていて、偽造者の技術は我々が調査している点の一つだ)においても前代未聞だ。しかしそれは古生物学および考古学サークルの中でおこったペテンの唯一の例ではない。実際に、ピルトダウンで起こったことが、2000年の事件の発覚を早めただろう。この年、有名な日本の考古学者、藤原新一は以前に掘ってて集めた石器を埋めて、後に新しい発見としてそれらを発掘していた。

ピルトダウン人の一時の優勢がこの分野を浪費したのは疑いない。たとえば、それは1920年代中頃に南アフリカで見つかった初期ヒト族動物である、アウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)が、純粋な太古の人類進化の遺物であると、広く受け入れられるのを遅らせた。

それほど目立たないが、ピルトダウン人は最終的に、真実を露わにする上で科学手法の力を立証する(go.nature.com/tbb9ma参照)。ピルトダウンでの発見は他のところでなされた発見によって着実に傷ついていった。標本が精密な検査に耐えられない理由が1953年まで完全には確実でなかったとしてもだ。実際に、1959年ぐらいから放射性炭素年代測定が日常的に化石記録に適用され始めると、ピルトダウン人の日々も残り僅かだった。

ピルトダウン人の物語が現在でも反響があるのは理解できることだ。「実在」のフーダニットとして、それに勝るものはない。だが究極的には、それは古人類学の分野が過去100年間にどれだけ歩んできたかを示すものだ。

1. Dawson, C., Woodward, A. S. & Smith, G. E. Q. J. Geol. Soc. Lond. 69, 117-152 (1913).

2. Weiner, J. S., Oakley, K. P. & Le Gros Clark, W. E. Bull. Br. Mus. Nat. Hist. 2, 139-146 (1953).

3. Weiner, J. S. et al. Bull. Br. Mus. Nat. Hist. 2, 225-287 (1955).

4. Weiner, J. S. & Stringer, C. The Piltdown Forgery (Oxford Univ. Press, 2003).

5. Russell, M. Piltdown Man: The Secret Life of Charles Dawson and the World's Greatest Archaeological Hoax (Tempus, 2003).

6. McNabb, J. Archaeol. J. 163, 1-41 (2006).

7. Thackeray, J. F. Trans. R. Soc. S. Afr. 66, 9-13 (2011).

8. Gardiner, B. G. Zool. J. Linn. Soc. 139, 315-335 (2003).

9. Stringer, C. Homo Britannicus (Penguin, 2007).



Nature, Comment
Chris Stringer
Palaeontology: The 100-year mystery of Piltdown Man
Nature 492, 177–179 (13 December 2012)
doi:10.1038/492177a Published online 12 December 2012
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