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リチャード3世の遺骨発見

リチャード3世の骨格が駐車場で見つかった



by Kai Kupferschmidt on 4 February 2013, 12:25 PM


王の冠。昨夏、レスター(英国)にある駐車場で発掘された、この頭骨は有名なイングランド王リチャード3世のものだったことが、今日提示された新しい証拠によって分かった。
Credit: University of Leicester


何か月もの推理を終え、レスター大学(英国)の科学者たちのチームは、昨年レスター市の駐車場で見つかったヒトの遺骨がリチャード3世のものであることは「合理的疑いを超える」と結論づけた。リチャード3世は1483年から彼が死ぬ1485年までイングランドを治めた王だ。考古学者のリチャード・バックリー(Richard Buckley)はこの研究結果を今朝レスターで開かれた記者会見で発表した。発表の後に壇上の科学者たちは抱き合い、出席したジャーナリストたちは歓声を上げて拍手した。

地元の伝説ではこの君主の骨は川へ投げ捨てられたことになっていたが、何人かの科学者たちはそれが今でもレスターにあったフランシスコ会の修道院に埋まっていると確信していた。だが、その修道院は16世紀に取り壊されていて、昨夏にリチャード3世を探す研究者たちはその遺骨を現代の駐車場の下から見つけた。教会の壁を発見して数日のうちに、考古学者たちは一つの小さな墓から骨格を掘り出した。それから科学者たちのチームはこれらの骨が本当にリチャード3世の遺骨なのかを証明するための研究に取りかかった。

骨格の詳細な調査はいくつかの手がかりをもたらした。それはこの個体が男性で、年齢は20台後半から30台後半で、軟弱な体格をしていたことを示し、それらはすべて歴史資料と同等である、とレスター大学の骨考古学者、ジョー・アップルビー(Jo Appleby)は記者会見で話した。リチャード3世はボズワースの戦いで32歳で死んだ。この戦いは「薔薇戦争」として知られる血なまぐさい内戦の終わりとなるとともに、プランタジネット系統の王も終わらせ、新しいイングランド王朝としてテューダー家を確立した。

この戦いの跡は死体にも残っている。骨格は10ヶ所の傷を見せ、そのうちの8つは頭骨に、2つの体の残りの部分にあった。傷のうちの2つはとくに深く、一つは頭骨の後ろにある大きな穴でハルバードのような武器が頭部の一部を削ぎ落としていた。もう一つのもっと小さな外傷は頭骨の基底にあり、頭骨を貫いたブレードによってつけられたものだった。「これらの怪我の両方が瞬時に意識を失わせ、そのすぐ後に死が訪れただろう」とアップルビーは話した。他の傷はおそらく死後の損傷の結果だろう。

骨格の主を特定するために、科学者たちは歯と大腿骨からDNAを抽出し、それを2人の現存する王の親戚から採ったDNAと比較した。ミトコンドリア――細胞内の小さな、エネルギーを生産する構造――の中のDNAは母親からしか受け継がない。カナダの家具職人であるマイケル・イブセン(Michael Ibsen)は、リチャードの姉だったヨークのアン(Anne of York)の直系の母系子孫としてすでに特定されていた。レスター大学の研究者たちは、もう一人のすべて女性の家系からの直接の子孫を見つけた。その人は匿名のままを希望したがDNAサンプルは提供してくれた。2人の現存する親戚から採ったミトコンドリアDNAと骨格から抽出したDNAの比較は一致をなした、とレスター大学の遺伝学者、トゥリ・キングは記者会見で話した「考古学的および骨学的分析の結果は、系図学的および遺伝学的証拠とともに、これらが本当にリチャード3世の遺骨であるという強力で説得力のある事実を確かにする」と彼女は話した。

それは「目覚ましい発見であり偉大な調査だ」とグラスゴー大学(英国)の戦闘考古学者、トニー・ポラード(Tony Pollard)はScienceNOWに語る。戦いの中で殺された王の死体を見つけるというのは他に聞いたことがない、と彼は話す。リチャード3世は戦死した最後のイングランド君主だった。「我々は中世における重厚に統率された戦争という考えを忘れる必要がある。それは我々が考える以上に粗暴だった」。この研究結果が生む注目は考古学にとって良いことだ、と彼は話す。「それはまだまだ知るべき興奮することがたくさんあることを証明する」

しかし他の科学者たちはピア・リヴューを経ていない短い結果を発表したことについて大学を批判している。デンマーク自然史博物館地球遺伝学センター(コペンハーゲン)の古代DNA専門家、ロス・バーネット(Ross Barnett)はDNAについて発表された証拠は確実なものではなかったと話す。「もっとデータがあるかもしれない。たぶんあるのだろう。しかしDNAの仕事で発表されたものはすごく短いものになっている」と彼はEメールで書いている。「私はこのようなセクシーな研究はとうぜん記者会見に値すると思うが、私は査読つきの論文の発表と一緒にやるほうがいいと思う。そうすれば関心をもったプロフェッショナルとアマチュアが同様に何が報告されたのかすぐに吟味できるだろう」

リチャード3世は今でも悪い評判に苦しんでいる。大部分は同じ名前のシェイクスピアの演劇における彼の悪役としての描写のためだ。しかし歴史学者たちはその描写はテューダーのプロパガンダだったと主張してきた。骨格がシェイクスピアが言及した「衰えた腕」のサインを示さないという事実はリチャード3世の人物像にまつわる物語の多くもフィクションであるという証拠だ。だが、もう一つの論争になっている問題――王の遺骨をどうするべきか――は決着がついていると思われる。リチャード3世は、たぶん来年にレスター大聖堂に再び入れられるだろう、とレスター市長は話した。

Science NOW
Richard III's Skeleton Found in Parking Lot
Kai Kupferschmidt, 4 February 2013
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