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欧州人の祖先は3系統

大昔のヨーロッパ人のゲノムから祖先がごちゃ混ぜであることが明らかになった



北からの謎の人びとと中東の人びとが先史時代に各地で一緒になった。

Ewen Callaway

02 January 2014


De Agostini Picture Library/Getty Images
ヨーロッパは狩猟採集民が居住した後に中東からの移住がこの大陸に農耕をもたらした。


新しく発表されたヨーロッパに住んでいた初期人類十人近くのゲノム配列によって、この大陸がかつて茶色い目の農耕民と青い目の狩猟採集民が出会うるつぼだったことが分かった。

最新の研究によると、現在のヨーロッパ人は3つのグループにさまざまな組み合わせで先祖をたどれる。3つのグループは、まず40,000年以上前にアフリカからやってきた、青い目の者もいる狩猟採集民。次にずっと最近になって西に移住した中東の農耕民。そして分布がヨーロッパ北部とシベリアに広がっていたと思われる新しい、謎めいた人びとだ。

この結論は8,000年前の狩猟採集民(ルクセンブルクからの1男性とスウェーデンからの7個体)のゲノムおよび7,500年前のドイツにいた女性のゲノムから導かれた。テュービンゲン大学(ドイツ)のヨハネス・クラウゼ(Johannes Krause)とハーバード大学医学大学院(マサチューセッツ州ボストン)のデイヴィッド・ライヒ(David Reich)が主導した本分析は、2013年12月23日に生物学のプレプリントウェブサイトbioRxiv.orgに投稿された。この研究結果はまだ査読誌には発表されていない。

ポンペウ・ファブラ大学(スペイン、バルセロナ)のカルレス・ラルエサ=フォックス(Carles Lalueza-Fox)が率いる2番目のチームは、スペイン北西部にいた7,000年前の狩猟採集民のゲノムを近いうちに発表する。この古遺伝学者が最近そう話してくれた。2012年、彼のチームは同じ試料からの予備的遺伝学データを発表し、この狩猟採集民が現生スペイン人とわずかな関係しか持っていないことを示していた。これら2つの論文が記載するものは、ヨーロッパから今まで見つかった最古の人類ゲノムであると考えられている。

ミルクか穀物か
新しい研究は、現生人類で形質との繋がりが分かっているDNAの変異に基づいて、初期ヨーロッパ人の姿を描き出す。

著者たちが解読した遺伝子の配列によると、ルクセンブルクとスペインの個体は肌の色は濃かったが、青い目を持ち、狩猟採集民として知られるグループに属することが分かった。いっぽうで、ドイツの女性は茶色い目と薄い色の肌を持ち、農耕を発達させたことが分かっている中東の人びとのグループに近縁だった。だが、ルクセンブルクの狩猟採集民とドイツの農耕民の両方が唾液中のデンプンを分解する遺伝子のコピーを複数持っていた。これは農耕生活に特徴的な穀物ばかりの食事への適応であると提唱されている特徴だ。それに対して、いずれの人びともミルクの中に見られる糖、ラクトースを消化する能力を持っていなかった。これはウシの家畜化の後に中東で出現し、後にヨーロッパに広まった特徴だ。

この研究はヨーロッパの先史時代を少しもつれさせる。以前の考古学と遺伝学の研究によると、現在のヨーロッパ人のほとんどが中東の農耕民の子孫であり、彼らは一部の地域では土地の狩猟採集民と混血し、他の地域では初期の居住者と置き替わったとされていた。クラウゼのチームは第三の個体群が当時のヨーロッパ人の遺伝子プールに寄与していたと結論づけている。

この著者たちが古代北方ユーラシア人と呼ぶグループは、数千年前までヨーロッパとシベリアの間の高緯度に棲んでいたらしい。この人びとの痕跡は24,000年前のシベリアの子どものゲノムにも検出されている。先月オンラインで発表されたこの少年ゲノムは、北方ユーラシア人がヨーロッパ人だけでなくアメリカ先住民の祖先とも混血していたことを示している。

多様な移住
新しいデータと現在の個体の遺伝配列との比較によって、ヨーロッパ諸国の現居住民がこれら3つのグループの混成であることが分かった。たとえば、スコットランド人とエストニア人はそれ以外のサンプルを採られたどのヨーロッパの人びとより北方ユーラシア人の祖先を持っている。また、サルデーニャ人は他のヨーロッパ人より中東農耕民に近縁だ。

新しいヨーロッパ人の古代ゲノムはアフリカから何度も初期人類の侵襲があったこともほのめかす。クラウゼのチームの発見によると、中東の農耕民はヨーロッパ人とアジア人のグループより早くアフリカの祖先から分岐した。このパターンへの一つの可能性のある説明は農耕民が100,000-120,000年前にイスラエルとアラビア半島の居住地に植民した人類の子孫であるというものだ。

多くの研究者たちはこれらの遺跡がアフリカからの失敗した移住であると推定していた。人類がアフリカを離れたのが100,000年以内であることを他の証拠が示していたためだ。

「それが来るなんて誰も想像しなかったと思う」とコペンハーゲン大学の古遺伝学者、エスケ・ウィラースレフ(Eske Willerslev)は話す。だがその個体群の存在を確実に証明するのは大変な作業になると彼は話す。「とびきり面白い。それが正しかったとすればね」とウィラースレフは続ける。

「いちばんいいのはこの個体群の直接的観察となる個体を見つけることだ」とウプサラ大学(スウェーデン)の進化遺伝学者、ポントゥス・スコグランド(Pontus Skogland)は話す。古代DNAは温暖な気候では長く残らないため、中東にいたこの個体群からのDNAを見つけることは技術的進歩と、もちろん少しの幸運が必要となるだろう。

ラルエサ=フォックスは彼のチームの研究について議論するのを断ったが、単一時期からの一握りの古代ゲノムだけを使ってヨーロッパの人びとについて多すぎる推定をすることに対して警告した。「たくさんの違った移住や移動があったとなるさ」と彼は話す。「数年のうちはたくさんの調査の余地があるよ」。

元記事
Nature News
Ancient European genomes reveal jumbled ancestry
Ewen Callaway, 02 January 2014
Nature doi:10.1038/nature.2014.14456

原論文
Iosif Lazaridis, Nick Patterson, Alissa Mittnik, et al.
Ancient human genomes suggest three ancestral populations for present-day Europeans
bioRxiv posted online December 23, 2013
doi: 10.1101/001552
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