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クローヴィス人のゲノム

古代ゲノムが起こす倫理論議



アメリカ先住民「クローヴィス・ボーイ」のDNA配列は部族の人骨の扱いについて研究者たちに再考を強いる。

Ewen Callaway

12 February 2014


Robert L. Walker
クローヴィス文化の人類は特徴的な尖頭器(茶色)と棒形の骨器を使っていた。


モンタナ州で約12,600年前に埋葬された若い少年の人骨によって、アメリカで最初期の集団の一つであるクローヴィス文化の系統が明らかになった。

ネイチャー誌(Nature)本号に発表された少年のゲノム配列から、南北アメリカに広がる現在の先住民グループがすべてアジアからベーリング陸橋を渡ってきた単一集団の子孫であることが分かった(M. Rasmussen et al. Nature 506, 225–229; 2014)。この分析によりクローヴィス人の祖先と、カナダとグリーンランドの集団にDNAを残す第二グループとが早期に分岐していたことも判明した(162ページ参照)。

だがこの研究は古代アメリカ先住民の人骨の研究に倫理的問題が潜むことを浮き彫りにし、1990年代に起こった別の人類骨格をめぐる法廷闘争のつらい記憶もよみがえった。

かのような論争を避けるため、今回の研究を率いたコペンハーゲン大学の古生物学者、エスケ・ウィラースレフ(Eske Willerslev)はアメリカ先住民コミュニティに関与してもらおうと考えた。彼は昨年モンタナ州のインディアン特別保留地ツアーに参加し、コミュニティのメンバーに話しかけて研究の説明をし支援を求めた。「彼らがこの研究について初めて聞いたのはそれが発表されたときだったという状況にはしたくなかった」と彼は話す。


Source: Montana Office of Public Instruction

1968年5月、田舎町ウィルサール(Wilsall)の近くの私有牧場で建設作業員がクローヴィスの埋葬地を発見した(‘Ancient origins’参照)。約100点の石器・骨器に加えて、2歳以下の男の子の骨の断片がのちに収集された。

少年の骨は、約13,000~12,600年前のあいだに米国中西部に栄えたクローヴィス文化の終わりごろのものだと分かった。少年の骨とともに見つかった彫刻のあるヘラジカの骨はさらに数百年古く、それらが伝来の財物であったことを示唆した。メルヴィンとヘレン・アンジック(Melvyn and Helen Anzick)が所有するその牧場は、今でも人骨に随伴してクローヴィス遺物が発見された唯一の遺跡である。石器・骨器のほとんどは現在は博物館にあるが、1990年代後半に研究者たちは人骨をアンジック家に返還した。

当時アンジック家の娘、サラ(Sarah)は国立衛生研究所(メリーランド州ベセスダ)で癌とゲノムの研究を行っていて、この骨の遺伝物質の配列を読むことを考えていた。しかし彼女はこの骨にケネウィック・マンにまつわる議論と同様の論争が沸き起こることを警戒した。ケネウィック・マンは1996年7月にワシントン州ケネウィックのコロンビア川土手で見つかった人類骨格だ。その発見は、この人骨と文化的繋がりがあると主張するアメリカ先住民部族と、およそ9,000年前の人骨は部族より前のものだという研究者たちとのあいだの8年におよぶ法廷闘争の着火点となった。

米国政府は連邦法のアメリカ先住民墓地保護・返還法(NAGPRA)を引用して部族側の肩を持った。この法令は連邦有地で発見された人骨(ケネウィック・マンがそうだった)は再埋葬のため所属する部族へ返還されることを要求している。しかし裁判所はおもに人骨の年代を理由にこの法が適用されないことを裁決し、ケネウィック・マンを博物館に非公開で保管するよう命令した。

サラ・アンジックはクローヴィス・ボーイについて地元の部族に助言を求めたが、どうするべきか部族と共通見解に至らなかった。彼女は考えをあきらめ、その骨を安全な場所に保管して別の研究を始めた。

2009年、テキサスA&M大学(カレッジステーション)の考古学者、マイケル・ウォーターズ(Michael Waters)はアンジックに連絡をとって遺体をウィラースレフのラボに送ってはどうかと伝えた。(2010年前半に、このラボは4,000年前のグリーンランドの住人の、古代人類初のゲノム配列の一つを発表した;M. Rasmussen et al. Nature 463, 757–762; 2010参照。)「『あなたたちにこれの許可を出すけど、私も参加したい』と言った」とアンジックは回想する。彼女はトップレベル誌に十編以上の論文を発表している研究者だった。

コペンハーゲンで、彼女は少年の頭骨の断片からミトコンドリアのゲノム配列に十分なDNAを抽出した。ミトコンドリアDNAは個人の母系祖先のスナップショットを提供する。数ヶ月後にモンタナ州で彼女は配列データを受け取り、ゲノムが最もよく合致するのが現在のアメリカ先住民であることを発見した。「私の心臓は止まりそうになった」と彼女は話す。

遺体の権利
ウィラースレフのチームがこの繋がりを少年の核ゲノムの配列(より詳細に祖先系統を指し示す)を読んで確認したのち、ウィラースレフは再埋葬問題を扱う当局に助言を求めた。遺体が私有地で見つかったため、NAGPRAは適用されず、協議は必要ないと彼は言われた。それでもなお、ウィラースレフは地元の部族と協議しようとした。これは9月に埋葬地で行われた、アンジック、ウィラースレフ、および共著者でモンタナ州立大学(ボーズマン)でアメリカ先住民の研究をしていてクロウ族のメンバーでもあるシェイン・ドイル(Shane Doyle)による会合につながった。

「そこは私にとってとても特別な場所だ。私の祖先の故郷だもの」とドイルは話す。彼はウィラースレフとアンジックに子どもは見つかった場所に再埋葬すべきだと話した。「この小さな男の子は両親が彼を残した場所に戻してやる必要があると思う」とドイルは彼らに話したことを回想する。

それからドイルとウィラースレフは4つのモンタナ州の部族の代表と会うために1,500キロメートルの道路の旅に出た。その後ドイルは別の5つの部族と協議した。ドイルによると、彼らが話した人びとの多くは研究にほとんど問題なしとしたが、一部の人びとは研究の何年も後でなく、始める前に協議したほうが良かったと話した。

ウィラースレフは初期アメリカ人の遺物を研究する研究者たちはそれらが現代の集団と関係することを想定し、できる限り早く彼らを関与させるべきだと話す。しかし誰に連絡すべきかは常に明らかなわけではない、と彼は続ける。とくに遺物がアメリカ中に広がる集団に関係する場合にそうだ。「アメリカ先住民と連携しなくてはならないが、実際にその問題をどのように処理するかは簡単なことではない」と彼は話す。

スタンフォード大学(カリフォルニア州)の法学者でヒト遺伝学の法的および倫理的問題を専門とする、ハンク・グリーリ(Hank Greely)はウィラースレフのチームのアプローチを推奨する。しかし彼はそういった研究にアメリカ先住民コミュニティを関与させるのに単一の解決策があるわけではないと話す。「特定の遺物のセットにもっとも労力を費やす、あるいは関係を持つ人びとと話をしようとするのを期待しているのだ」と彼は助言する。

ユタ大学(ソルトレイクシティ)の遺伝学者でアラスカ周辺の島嶼の先住民からの古代DNAを研究している、デニス・オローク(Dennis O’Rourke)は先住民のグループが重視することが多様であると注意する。例えば、ある人びとは遺体の再埋葬を希望し、別の人びとはしないなどがある。

モンタナ州の部族はクローヴィスの少年の骨を埋葬するよう強く求めた。未公開の遺跡で行われると思われる再埋葬式の計画は、現在クロウ族が中心的役割を担って話し合われているところだ。それは地面が解けた後の、今春に行われると予想される。

元記事
Nature News
Ancient genome stirs ethics debate
Ewen Callaway, 12 February 2014
Nature 506, 142–143 (13 February 2014) doi:10.1038/506142a
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